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【こどもアート体験事業】石狩市立厚田学園×斉藤幹男活動レポート(前半)

2021/11/09

石狩市の中部に位置する厚田地区には、2020年に厚田区内の小中学校が統合され石狩市立厚田学園が設立された。その義務教育学校という新しいシステムが導入された厚田学園に、公益財団法人北海道文化財団が主催する「こどもアート体験事業 」として今年度アーティストの斉藤幹男氏が通うことになった。

公益財団法人北海道文化財団 子どもアート体験事業
https://haf.jp/jigyo_kodomoart.html

義務教育学校とは、学校教育法の改正によって2016年に新設された学校教育制度で、小学校から中学校までの義務教育課程を一貫して行う学校のこと。国内ではまだまだなじみの薄い制度ではあるが、従来の小学校・中学校にはない特色のある取り組みが注目されている。

当学園においては、郷土愛を育むこと念頭に置いた「厚田学」という教育方針を掲げ、地域の魅力を掘り起こすとともに、地場産品のパッケージデザインや、観光ツアーの企画体験など、その発信に至るまで多彩な活動をカリキュラムの中で実施していた。 斉藤氏と学園との事前の打ち合わせでは、そうした独自に展開している活動や厚田地域の特色について様々な情報提供や提案がありつつも、普段の教育活動にはない別の性質を持つ本活動独自の展開にも期待値の高さが伺えた。

さて、2021年の8月末、斉藤氏は厚田学園に通い始める。 活動当初から斉藤氏は、子ども達といかに自然な関わりを持ち、子ども達の視線の先にある興味や日常に潜む些細な出来事を共有したいと話していた。

それは、アーティストが何か特別な活動を始めるのではなく、まずは子ども達の様子を含む学園の状況や厚田地域の実態というもの「子ども達の視点」から探ること、知ること、把握することであり、学園の中ですでに展開されている「厚田学」の考え方や、すでに情報として整理・共有されているものとは異なる側面を見いだしていこうという試みであった。

まず斉藤氏は、学校に通うたびに授業の見学や休み時間での子ども達との対話を通じて、緩やかに情報を集めていく。
保護者に漁師や農家の方が多いこと。
兄弟や従兄弟が同じ学園に通っていること。
自分の名前の由来。
好きな食べ物やおやつ事情などなど。

子ども達から聞く話は、正直に言えば本当かどうかもわからない話を含めて興味深いエピソードやキーワードが散りばめられていた。
ここから斉藤氏の本格的なリサーチ活動が始まる。 手始めに取り組んだのは、子ども達との会話の中で気になった「好きなお菓子」や「シャケとば」についての子ども達の身近な存在を調査するアンケートであった。

 

アンケートの回答には、設問に対する答えだけではなく、それに付随するエピソードやイラストであふれていた。斉藤氏は、またそこから気になったことをヒアリングし、聞き取った内容を元に、自らの足で調査をするといった日々を繰り返していった。 そこにはさらに興味深い発見があった。

*稲刈り体験を見学

前提として子ども達から寄せられる情報やエピソードは、とても不確かで曖昧であり、時には妄想も含まれている。 ある児童がアンケートに「うちのシャケとばを買って食べてください!」と書かれていたので、どこで買えるかを確認し、いざその場に行ってみたら、購入できる場所自体が存在していなかった。
また別のケースでは、「うちのお米を食べてみてほしい!」と買いてくれた児童に確認をして実際にお米が売っている場所に買いに行くと特定の農家さんとわかる商品はそもそも扱っていなかいといわれるなど、しばしば路頭に迷うこともあった。それ以外にも固有名詞を間違えていて情報の混乱を招いたり、エピソードの時間軸がおかしかったり、とにかくめちゃくちゃなのだ。


*子どの達の情報をてがかりにリサーチを進める様子


*子どの達の情報をてがかりにリサーチを進める様子

しかしながらその不確かな情報を手掛かりに、あるいはその情報に振り回されて、結果的に確かな情報にたどり着いた時には、不思議な安堵感と充実感にみたされ、情報が体に染み込んでいくような感覚に陥るという発見があったのだ。


*子どの達の情報をてがかりにリサーチを進める様子

またそれは、大人から得る正確な情報との価値の違いに気づかされることでもあった。 大人から得る情報は、確かに正確で疑う余地が少ない分、それ以上に深掘りしようという欲求には繋がりにくい。それは文献やネット検索でも同様であろう。しかしながら、子ども達から得る情報を確かなものにしていくプロセスには、常に疑いが付きまとう。

斉藤氏は、あえて遠回りすることを選択し、振り回され、迷走することをむしろ楽しんでいた。結果として、そうした方法でしかたどり着けない地域固有の裏側の状況を垣間見たり、思いがけない人や場所との出会いがあったり、様々な場面で先入観を覆す発見に満ちたリサーチになったことは間違いない。
また、そうしたプロセスの中で出会った大人の方々から得た情報には、子どもからもたらされた不確実な情報の答え合わせという意味も含めて、改めて確かな情報の価値という点においてとても安心感があったことはいうまでもない。

さて、そうした様々な出会いと発見をもたらした活動の成果ということなのか斉藤氏は、地域に眠っていたある存在に注目することになる。
それは、10年近く前まで厚田区内の中学校や地域行事に度々登場していた「行灯」であった。斉藤氏は、その「行灯」をその後活動のシンボルとして制作することになる。
「なぜ急に行灯?」と疑問に思う方もいるだろう。
次回のレポートでは、リサーチの過程において出会った「行灯」の存在と制作するに至った経緯、制作後の展開について報告したい。

コーディネーター:漆

【アーティスト紹介】
斉藤幹男 (さいとうみきお)
1978年札幌市生まれ。ドイツのシュテーデル美術大学卒業。 手描きの 絵によるアニメーション、写真、CGなど様々な種類のイメージを組み合 わせ、アナログ・デジタル双方の魅力を引き出す映像作品を主に制作し、 国内外のギャラリーや美術館等で作品を発表している。

【こどもアート体験事業】
主催:公益財団法人北海道文化財団
協力:石狩市立厚田学園
コーディネート:一般社団法人AISプランニング