天神山滞在ブログTenjin_blog

【滞在者紹介】後半_黃美諺(ウォン・メイ・イン・ヘーゼル)_インタビュー[日本語訳]

 

前回に引き続き、アーティスト・黃美諺(ウォン・メイ・イン・ヘーゼル)さんのインタビュー【後半】のダイジェストをお届け。

2021年1月からの二度目の滞在、そして滞在成果展『若芽色のメガネ』(さっぽろ天神山アートスタジオ、2021年7月14日~同8月1日)について詳しくお話を伺いました。

★【後半】の全編PDFはこちらから閲覧できます。

 

【後半】ダイジェスト版目次

    1.  2度目の滞在(2021年)について
    2.  天神山アートスタジオ外での展示について
    3.  天神山アートスタジオでの成果展『若芽色のメガネ』
    4.  展示スペースにて① 《絵画》の部
    5.  展示スペースにて②《メガネ》の部
    6.  展示スペースにて③《zine》の部
    7.  絵画のフィーリング
    8.  天神山での滞在を終えて

 

● 2度目の滞在(2021年)について

―2度目の滞在についてお伺いしたいのですが、いかがでしたか?
黃美諺(以下、HW):2度目の滞在は1月から7月にかけてで―
―6か月。長いですね?
HW:かなり長いです。そして、来てみるまで想像すらしてなかったです、じっさい来られたのも偶然でしたから。いや、計画はしてましたが、確定したのがほんの11月のことだったので。なので私としては、すべてがとにかく唐突でした。

(中略)

HW:[『若芽色のメガネ』で展示中の] 映像はもう見ましたか?
―はい。
HW:あれは探検をする外国人の視点のようなもので…雪が降ってるだけでも、私は座ってずっとそれをみてられます。北海道ではいつでもみられるのでみなさんからすればおかしいことだと思いますが…でも私にとってはかなりの衝撃でした。[今回の滞在では]学校に通いつつ香港のプロジェクトも進める必要があり、実はけっこう忙しかったのですが、でもこれまでどおり、バランスをとろうと頑張っています。全部のバランスをうまくとりたいんです、ここで良い関係を築きたいので。1年住むので無視できないこともありますからね。ここでの生活に集中しつつ、繋がりやお金のために香港の仕事もしないと。勉強は、私にとっては最優先事項ではありませんが、文化を学んだり人と話したりするのを助けてくれます。天神山ではみなさんほとんどが私に英語で話しかけますが、まちへ出たらそんな人はいませんし。今回は簡単な会話なら理解できたり日本語でコミュニケーションをとれたりしているのが、すごくいいです。
―なるほど。
HW:制作についてですが…とても思うところがあります。こっち[*札幌]でたくさんのものを見てきて刺激もたくさん受けたからです。それに今回は、作品に集中するための広いスペースと時間もたっぷりありました。香港では会わなければならない人が常にたくさんいて、仕事もして、ほかにもやらなきゃならないことだらけだったので、制作に集中できませんでした。最後にちゃんとした木板に絵具を塗ったのは2、3年前―そのあとデモがあったからです。当時はとにかく絵具で絵を描きたいと思えなくて。前回の天神山滞在のあと、絵具で描けなくなったんです、なんというか、まったく。ただ「絵具絵画をつくる意味なんてある?」と感じていました。それでzineをつくりはじめました―zineなら発行さえすればたくさんの人に物語を伝えられると思ったから。そして今回[の滞在]は、私にとって絵画に立ち返る機会でした。とても嬉しいです―絵具で描くのが、本当は大好きなので!

(中略)

―そのこと[*天神山で絵画制作を再開したこと]はご自身の実践にどう影響していますか?
HW:zineと絵画はいつも切り離して考えていて、zineはとにかく受け取り手とのコミュニケーション。なのでいろんな人にわかってもらうため、シンプルにします。ですが絵画では、誰のことも気にしない。絵画は、私にとっては、私自身だけのためのものです。私が絵具で絵を描く、それで終わり。たまにほかの人が気に入ってくれたとか、販売できるとなれば、それはボーナスですが、でも絵画をみるときなにを理解してほしいとも思っていません。今回はそれでも、たくさん絵画をつくりました。何枚かはもう香港に送ってしまいました。香港の知人たち、とくに友人たちは、私が絵具で絵を描いているところをまた見られて嬉しいと言ってて、2~3年前と今年の絵画との違いを感じられるとも言っています。ものすごく違うと。わかるらしいです。私には違いがわからないのでなんともですが、それっておもしろいとは思います。
―2種類の絵画がどう違うのかは聞いていますか?
HW:以前の絵画はより複雑で、今回はもっとシンプルになったらしいです。全然違うらしいのですが、私にはわかりません。

 

● 天神山アートスタジオ外での展示について

―今回の滞在中にかかわった館外の展示、展覧会、プロジェクトについてお聞かせいただけますか?
HW:今年の年明けまでは小規模イベントやデザインの仕事をフリーランスで受けていましたが、香港では今、コロナの状況が改善しているためかアートの展示が爆発的にたくさん開かれています。それと、デモの停止期間中でみんないろいろ言いたいことがあるというのも理由かもしれません。ここ6ヶ月で私が携れる香港関連のプロジェクトがたくさんあったのはそういうわけでしょう。

 

● 天神山アートスタジオでの成果展『若芽色のメガネ』

HW:[*天神山での]展示は自分に課した約束でした。言語が違うので、もしかすると私がなにをしているかみなさんには伝わらないかもと思ったんです。「あなたは毎日なにをしてるの?」って。なので、じゃあ皆のために展示をひとつつくろう、それか少なくとも私自身のために。そしてこの6か月私が実際なにをしていたかを伝えよう、と考えました。

(中略)

―[天神山での成果展について]まず、タイトルがとてもおもしろいのですが。どういう意味なんでしょうか?
HW:はい、『若芽色のメガネ』といいます。「バラ色のメガネ」というの、聞いたことはありますか?
―いいえ、ないです。
HW:ググってみて。
―[*「バラ色のメガネ」で検索しながら]歌の名前ですか?
HW:いや、フレーズです。バラ色のメガネをかけると世界がとても美しく、なにもかもが素敵に見える、という意味です。これはすこしナイーブでもあって、つまりそういう状態は現実を無視していることにもなるからです。
―なるほど…
HW:いい意味でも悪い意味でも両方とれるんです、場合によって。お話ししたとおり、私はいつでも外国人、つまりアウトサイダーの視点で世界をみるのが好きです。そして今回、本当にアウトサイダーなんだという感覚がしました。常にメガネをかけてフィルターのかかった世界を見ているような気が。そしてこの色[若芽色]は、実際の、札幌の春の色だと思います。4~5月あたりの。その時期いつもこの色を見ていたので、「“バラ”という言葉を変えちゃってもいいんじゃない、バラは私に身近じゃないけどこの色なら身近だし」と思って色を変更しました。私にとっては札幌の色みたいなものです。若芽色のメガネをかけていると、私は美しい世界にいて、でも実際はそうじゃないことも、もちろん分かっていて。札幌にいてもいろんなことがありますから、素敵なことばかりじゃなく。いろいろ問題もあるのに、それでも私は外国人だから、それをほんのすこししか知りません。特に私はいま香港の外にいるので、ここではなにもかもがとにかく美しいです。すごくいいこと。メガネをかけて現実を見ないようにしているみたい。

 

● 展示スペースにて① 《絵画》の部

(*一同、展示スペースへ移動)
HW:この[2つの]絵は、実は仲間で。
―仲間。
HW:毎日香港に関する報道に目を通しているとつらいんですが、外で見るものはすべて―たとえばこれはキツネ、キツネを見たんです―とても素敵で。それで、思ったんですが、私が見るものにはいつもコントラストがあるんですよね。ここの作品たちはそのことに関するものです。
―なるほど。
HW:それからこのマンガ。これは実は函館で見た景色です。観光のあとそのままとどまっていたら、若い人たちがたくさん山を駆け下りてくるのが見えました。とても幸せそうで―彼らは幸せなほうの人たちでした。みんなとても若くて、それはいいことで。でもその人たちが走っていたので、そのジェスチャーから、香港でデモから走り去る若者たちを思い出しました。ここでは本当にいろんなことを目にしますが―いいことも悪いことも―、私はいつも香港のことを思い出して比較しています。「なぜ?なぜ香港はこうでこっちではこんなに違うんだろう?」。そういう「なぜ?なぜ?なぜ?」が、私にたくさんのアイディアや発想源を与えてくれます。
―興味深いです。
HW:でもいくつかは街に関するただのちょっとした考え事です。
―そうでしたか。インタビュー第1部で、些細なことにいかに惹かれるかをご説明くださったことを思い出しました。
HW:そうそう。これは私の手前にあるただのポット、これは初めての桜で、あとはたくさんの人たち…すべてとても小さいですが、私は小さなことが私たちの人生に必須だと信じています。それらが繋がって、私たちの人生ができているからです。
―なるほど。
(中略)

HW:[絵画作品がいずれも]やっぱりとても小さいのは、私の絵がそもそも小さいものだからです。[これらの]絵は、生きることと、この街から私が想像したことに関するものです。

―そうでしたか、なるほど…あ、このへんは天神山緑地からの景色みたいですね。
HW:そうそう、みんなが気づくかなと思って(笑) でも実際、かなりいろんなことが[展示された絵画には]あるんですよ!私は気に入ったものだけ選んで作品にとじこめておくんです。だいたいは建物[が画面外に切り取られています]、なぜなら私が描きたくないからです…理由はわかりません、人工的すぎるのかな?
―自然のほうがより描きたくなると?
HW:そう。

 

 

● 展示スペースにて②《メガネ》の部

HW:これ[映像作品〈メガネ〉]はとても気軽な作品です。最初は作品になるなんて思っていませんでした。
―そうですよね、ヘーゼルさんはいつも二次元のメディアで制作されているとおっしゃってましたから。これははじめて―
HW:そう、これがはじめてです。でも絵具絵画を制作するとき、それか絵具を塗る前には、たいていたくさん写真を撮るかいろんな場所に足を延ばしてみるんです。ですからこれは、実際に私の視野からみた冬から夏にかけての都市ということになります。真美[*天神山アートスタジオAIRディレクター小田井真美]が映像日記と呼んでいたのも気に入りました。「その言い方かなりいいな」と思ったんです、だってこれはそれほど真面目な作品ではなく、ただ私が見ている世界を、私が世界をどう見ているかをシェアしたかっただけですから。
―ヘーゼルさんのメガネを通じて?
HW:そうそう。いくつかの場面は絵画やドローイングになりました。もしかしたら[絵画の]このシーンは映像のここから見つけられるかもしれないし、こっちはまた別のところから…
―なるほど、なるほど。
HW:だからこれは《メガネ》といいます。こっちはただのちょっとした落書きです。落書き辞書。
―そうなんですか、ではこちらの2つ[*《メガネ》の部の映像作品と落書き辞書]はスケッチみたいなもの?
HW:うーん、どちらかというと基礎段階みたいなものですかね。とてもランダムで、とても気軽な。私はビデオアーティストじゃありませんから。ただいつもたくさん写真を撮ってるというだけで。

 

  

 

● 展示スペースにて③《zine》の部

HW:これは「otto(オー・ティー・ティー・オー)」。友人と一緒にやっています。この号は2月あたりに香港のアートブック・フェアに出品しました。香港で印刷してもらったものです。
―お!リソグラフに挑戦したという号ですか?
HW:そうそう!大好きな技法なんです、リソグラフ。友人が印刷してくれたものをここで展示するために3月に受けとりました。
―完成までどのくらい?
HW:実はかなり速くて。これだと集中すると2週間で仕上げられます。ほとんどの絵もそうですが―絵は2日以内に仕上げますね。
―それは普通じゃない!

 

● 絵画のフィーリング

HW:考えごとにはいつも時間がかかるんですが、絵の具を塗るのはとにかく素早くないといけないんです、塗ってる間ずっと自分のフィーリングが続いている確証が必要なので。木板とアクリル絵具を使うようにしているのはそういう理由です。以前油絵具も試しましたが、私にとってはぜんぜん大丈夫じゃなかったんですね。塗りの時間がそんなに長いとフィーリングが続かなくて。「絵画のフィーリング」というものがあると思います。絵に取り組むとき、とても重要なことです。絵に影響するはずだから。でも友人のなかには、同じように絵をやっていてもそういう心配はせずに済んでいるという人もいます。まったく違う。たぶん、人や性格によるというだけなんだと思います。

―どちらかというと「自分のやりかた」のような?

HW:そうそう。なので、アイディアさえあれば描くのはすぐできます。なんであれ。[むしろ]速く描かないといけない。[それから]このマンガに映像中の場面が出てくるように、ひとつのものが気になるならそれを描き続けるんです。これはたぶん―これからも扱い続けて、来年香港で新作を作ることになると思います。

 

● 天神山での滞在を終えて

―展示についてはひとまずここまででしょうか。この次はどこへ?
HW:私が次どこへいくかですか?天神山から引っ越して…
―文字通り移動するんですね!(笑)
HW:それがひとつですね、自立した生活。なぜかというと、これが私にとって初めての一人暮らしなんです(注1)。香港と天神山のプロジェクトを終えたので、いまようやく、そのあとで本当にやりたいことに集中できるからということもあります。札幌や北海道をもっと探索して自由を楽しみたいです。そして、こっちで作品をどうにかできる機会がないかやってみます。
―なるほど。これで第2部も終わりとなります。ありがとうございました!

(注1)アーティストいわく、世界いち生活費の高い地域の一つとして知られる香港では、若年層がひとり暮らしを経験せずに親やルームメイトと継続的に同居するケースが一般的なのだそうです。

 

―――――――

 

微かなものに備わる美との出会いから香港へのまなざし、はたまた最新の展示にいたるまで…2部にわたるインタビューを通して、ヘーゼルさんの活動と視点を少しでも覗き見ることができたでしょうか。

下の写真は、ヘーゼルさんが退館後すこしの間だけ事務所にあずけていたアボカド。筆者はこの植物が根を張っているところをはじめて見て、その形に驚きつつ、持ち主のたくましさを思い出さずにはいられませんでした。

11月中も海外で展示があったり、市内各所にせっせと出版物を置いていたりと大忙しのヘーゼルさん。まだもう少し札幌にいらっしゃるようなので、機会があればぜひ、zineなどもお手にとってみてくださいね。(素敵な作品が並ぶこちらのウェブサイトも要チェックです!)

 

 

(さっぽろ天神山アートスタジオスタッフ 五十嵐)