死生観に関する研究を行っている来田さん。彼女曰く、「死」を考えるということは、同時に対照にある「生」をより豊かにする行為、とのこと。彼女の活動は自身が抱く「死」に対しての関心を、スペキュラティブデザインやインタビューといった手法を用いることで、より多くの人達と議論し共有しながら社会的な問題として認識してもらう様な流れを生み出そうという試みです。
今回もZOOMでのミーティング。
来田さんはこれまでの論文発表や展示の経験を踏まえ、まだ死生観の定まっていないであろう20代~30代やマイノリティの方々との議論を行うことで様々な意見を汲み取りたいようで、そのための「死考」を促すワークショップや作品展示を構想しており、どのような場所でどのようなやり方がいいのか?について話し合いを行いました。
文明の発達と共に医療や福祉が改善され、健康に関する様々な情報飛び交う現在、我々は「死」について考える時間はほとんどありません。社会自体が「生」をより豊かに持続的に行うための努力を行ってきた結果、いつの間にか我々は「死」というものが感覚的にも遠く、関係のない存在になっている気がします。しかしながら、生まれてきた人は必ずどこかのタイミングで「死」を迎えます。それは確固たる事実。
怪我や病気になって初めて健康の大切を知るように、、正面からその事実に向き合う事でより今の生を実感できるのは確かです。
人々にとって他人事ではない「死」。だからこそ、人によって受け取り方も様々。我々、活動サポートを行う身として来田さんの活動を有意義なものにするためにも、このテーマを丁寧に扱う必要があると強く感じました。誰かを闇雲に傷つけたいわけではないですからね。
来田さんと話をしながらも、色々と考えてしまうテーマ内容。親・家族・友達、年を取るにつれ色々環境が変わっていきます。んー。
そういった中身の部分について話し合う一方、もう少し外側の部分についてのアドバイスも行います。
あくまで「展示」や「ワークショップ」は様々な人達から意見を汲み取るための手法なので、そこにこだわり過ぎると目的を見失いがちになるよ、とか。「展示」や「ワークショップ」という特別な環境を作る他に、来田さんの日常の中にも人に話を聞く機会がないのか?とか。ワークショップが人の意見を吸い取る=搾取する一方的な関係性でなく、相手にとっても意義のあるようなやり方も考えてみよう、等々。
毎回、こんな感じで色々と話をして、また次回話をして、という流れですね。
続きます
コーディネーター小林
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