おとどけアート in 栄西小学校 「アトリエ*サカエニシ」の見学記/11月7日
コーディネーターたまごのisoです。
とうとう11月になりました。
11月7日のアトリエサカエニシは、前回に引き続き、中休みの身体スケールの型紙制作、打ち合わせ、放課後のリバーネームインタビューという流れです。この日はisoは午後1時からの参加になってしまいましたが、どうしても秋ちゃんの活動が見たかったので、雪中行軍で、地下鉄麻生駅から「麻生ランド」の横道を通って、栄西まで徒歩15分。
先日40条公園で作った子供たちの「小さなすみか」も、雪と木枯らしで廃墟に。
小学校の控室に行くと、コーディネーターの小林と秋元さん、そして本日もゲストは音のアーティストの櫛引氏で、身体スケールを切り抜きながら展示構想の話し合いをしていて、熱気あふれています。
23日が展示発表の「その日」なわけですが。
「予兆的にあちこちに制作したものや思考中のものを試作も校内に貼って行ってもいいんじゃない?。。。。というか、挑発しなきゃ!」
前回の、こんなコーディネーター小林の提案で、秋元さんが色々と展示に使いたい制作物を持ってきていて、それを囲んで話し合いがされていた。
この日並べられた写真は、秋ちゃんが転校初日からの数回目の間に栄西小学校の周辺を歩いた時に撮ったもので、その時に切り撮った場所について対話、思考の共有をして整理。
普段中々歩くことがない牧草地や川沿いの、丘珠玉ねぎ、馬頭観音、水再生センター。。。。これも、一部を本日から校内のどこか良いところを見つけて貼っていくことに。
40条公園で子供達と拾った落ち葉も一枚一枚糸を通して本に挟んで押し葉にして、こちらは乾燥しいくとぼろぼろになってしまうから、前日の22日に。パラパラめくると、雑誌のページの間から落ち葉が顔を出す。
身体スケールの今日の分の切り抜きはすでに終わっていたので、写真やスケッチと共に校内を回ってあちこちに貼って行きます。
「40条公園のスケッチを、できれば測量した40条公園に行って貼りたいところだけど。流石に学校外になってしまうので、どうしようかなぁ」
秋元さんが迷っていると、写真を貼った螺旋階段の4階からちょうど40条公園の雑木林が見えるので、そこに貼ることに決まりました。
スケッチを貼っていると、5時間目授業の終わったばかりの測量のリーダー的存在の5年生ののぞみちゃんがやってきた。秋ちゃんに今日の活動に参加できなかったことを残念がって、自分のクラスの教室を測量をいつにするか、と持ちかけてくれました。
「先生が良いって言ったらね。まずは先生とお話ししないと。」
学校の授業の勉強を妨げない、それがおとどけアートの中での約束。教室や授業にも入ってOKかどうかは、先生方と直接話して決めているので、全部は即興ではやらない。
ようやく控室に戻ると、あざぶ•ふしみいなり先生がいらっしゃって、教頭先生の予定が押しているので4時ごろになると伝えて、ちょっと麻生の話や学校の話など世間話。先生は麻生で子供時代を過ごしているので、お届けアートの日のたびに少しずつ秋ちゃんに色々な話を語り部として聞かせてくださる。
時間は午後2時半。4時まで時間があるので本日はいったん学校を出て、北村商店へ。
ご主人の北村さんにもう一度会いに行きました。
北村商店さんは、色々な品揃えがあり、オーガニックな野菜が並んでいたり、(偶然にも)櫛引さんがお仕事で関わっていた養鶏場の卵が売っていたり、その辺のスーパーでは見かけない茶色の榎茸とか、ムカゴとか、手作りのお財布とか、一杯数百円の立ち飲みワインも魅力的で、近所に住んでいたら、ちょくちょく寄っちゃいそうな、そんなアットホームな商店。北村商店のご主人は、冗談がお好き!?なので、今回も前回同様お買い物中に柿の名前の話や値段で秋ちゃんに冗談をかましてきたり、リバーネームのインタビュー中も一瞬冗談めいた謎かけを入れてくる。
秋元さんが、ようやくリバーネームのインタビューをお願いしたいと伝えると、
「ああ、良いよ?」とあっさりOKしてくださった。
インタビューを受ける時に身近な川や好きな場所について考えると、つい自分の本当の「場所」と「自分」が曝け出てくる気もする。何人かのリバーネームインタビューを、一緒に聴かせて貰ったからかもしれないけれど。
「あなたのリバーネームは何ですか?」
秋元さんが、リバーネームのインタビューをちょっと真面目に訊ねる。
「私の名前(リバーネーム)はホクソンジンです。理由は分かりません♪」とな!?
「えー!?」
秋元さんもずっこける。
ホクソンジン。。。。北村人?北村出身とかけてる?
北村商店さんの生まれは北村温泉の近くだそうで、新篠津の付近の石狩川が流れる北村のはずれにお家があったそうで、周囲は400坪の広い畑で色々な野菜と鶏や馬や動物たちと少年時代を過ごしたという。近くに温泉と、羊もいなかったなーヘビもいなかったなー。隣が村長さんち。
まさに、北の「村」(くに)から!
でも自分の名前の北村と新篠津の北村とは全然関係ないよ。
冗談のような本当の名前。そのまんまがリバーネームとは!
ご両親の山梨と千葉のお醤油屋さんのルーツ、そして今は手放して存在しない北村の番外地のルーツ、競馬場近くの中央卸売市場を経て、今はこの栄町と麻生の中間にお店を構えた。。。。そんなホクソンジンさんのリバーネームの物語を聞くことができた。
当時の北村の子供の頃の話を聞いて、秋元さんが来年の「いつ」とは決めていないけれど、実際に行ってみるつもりなので、と番外地の住所を聞いて、地図で確認する。
ガタガタと北風が表に出していた看板を倒した音にみんな我に返って、お礼を言ってホクソンジンさんのお店を後にする。
40条公園の横を通ると、風は少し落ち着いて、測量した山だけが相変わらず綿帽子をかぶっていた。
秋元さんがシャッターを切る。
「ちょっと寄り道して良いですか?」
今日は木曜日なので、公園の近くの洋菓子屋さんが「シュークリームの日」なのだ。
前回秋ちゃんがハロウィンのお菓子をもらいに行った子供たちから教えてもらったので、ちょっと寄り道して、シュークリームを買って、「おやつタイム」。。。。教頭先生を待ちながら、40条公園の測量した山を思い浮かべながらいただく。
4時過ぎに再びあざぶ・ふしみいなり先生が来て、教頭先生の会議が押していて、もう少しだけ遅くなることを伝えてくれた。
少しだけ23日の話をする。もう少し23日の流れを知りたいところだけど、あまり行事に絡みすぎるのもかえって難しくなるのかな。
4時半にようやくひと段落ついた教頭先生がいらっしゃって、さっそくリバーネームインタビューを開始する。
「僕のリバーネームは豊平川」
子供の頃の教頭先生は豊平川の近くに住んでいたそうで、魚釣りに興じたことが少年時代の記憶に
とんぎょを釣ったり、カワガレイを釣ったこと、そして川の氾濫で道路が水浸しになって豊平川教頭先生の通っていた小学校の周辺の野原も泥炭地で今では建築技術が上がったのか住宅街となって人気がある地区だけど、当時は家を建てたら傾くからとても建てられないと原野のままだったという話を聞かせてくれた。そういえばisoが子供の頃住んでいた一軒家も粘土質の地面で傾いていたんだったっけ。家が
インタビューが終わるともう5時を回っていた。今日はこれで終わり。
学校を出る直前、
「むむ!誰かが本を読んでたっぽい」
秋元さんが玄関先で一瞬立ち止まって、アトリエサカエニシの一角に顔を近づける。玄関にあるアトリエサカエニシの近くに展示した、秋元さんが今までにやってきた活動の本が、ブックスタンドから動かされた形跡を見て、子供たちが触って少しでも興味を持ってくれていることを喜ぶ。
小さな変化が、すべて大きな変化へつながっている。
※このブログは弊社(一般社団法人AISプランニング)が実施しているコーディネーター育成プログラム参加者が書いています。
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