おとどけアート in 栄西小学校 「アトリエ*サカエニシ」の見学記/10月30日
isoです。
10月30日のアトリエサカエニシは、3年生の図画工作の授業「小さなすみか」のお手伝いでした。
秋も深まり、つい数日前までの緑の樹々が嘘のように紅葉へと変わりました。なんとか図工に間に合うように落ち葉も木の実もバッチリ。まさに天の恵み!
学校から徒歩3分のところにある公園での授業。秋ちゃんはすでに準備のために入っていて、泥の入った容れ物を片手にウォームアップ中。
しばらくすると三年生の子供達が来ました。
まずは秋ちゃんのお手本と、先生からの制作するにあたってのルール説明。今回のすみかの条件として、落ちている「自然のもの」を使う、という事。そして、作ったすみかがすぐに風や誰かに壊されても気にしないこと。。。。大袈裟に言っていなかったのですが、後で書きますがこれがけっこう心に響きました。
制作開始となって、それぞれバラバラに散って行きました。それぞれ住み心地が良さそうなところを見つけようと、何人かグループになったり、あるいは一人で。
地面に作っても、木々の間に枝や落ち葉、木の実を使ったり、それぞれ好きにして良い。。。けっこう自由って難しい。キャンプ慣れしたおとななら、窪地だとか、風の当たらないところ、なんて現実的なことを考えてしまうのですが、子供にとってもそういうの、考えながら作ったりするのかな?
まずは、秋ちゃんは一人でどんぐりの枯葉を拾う女の子のところで一緒に「落ち葉拾い」。
すると他の子供たちも「何しているの?」と小枝を持ってやってきて、集落になりました。
木々の間に集まった子供達は拾った木の実で家を。
遊具の下に作ったり、枝と葉っぱで木の根元にすみかを作ったり。
ちょっと古びた切り株が空いていたので、isoもすみかを作ってみました。
木の実を拾っていた女の子たちがイガが痛くて拾えない、と言っていましたが、小枝を二本で箸にして拾い始めました。誰が上手にたくさん拾えるか
色々なすみかができました。
こちらは音の鳴るすみか。
笹のついている鹿の頭部の様な切り口のところを叩くと色々な音が鳴ります。ちょっと木魚みたい!
そこへ、近くの茂みのすみかから建築材料のお裾分けが!一本め、二本目が来て、三本目?こんなにいらないかもー!?
山の上では、落ち葉を風に乗せて、風のすみか。
こちらは二階建てのすみか。
枯葉を集めて、ばっとかけると、ふんわり鳥の巣の様なすみかに。
こちらはお店屋さん。社長とスタッフさんが、一生懸命ご飯を作ってくれました。
「材料あっちにたくさんあったよ!」「調達してくるね!」「何してるの!」「あっ久しぶり!食べて行って!」会話が弾んでいます。
isoも、ご飯いただきました。
こちらは先生の作ったすみか。下に火をつけてこの棒の上を渡る、らしい。修行中の行者さんのすみか!?
公園の入り口近くでは、見えないもぐらの穴?川?地面に二つの穴が空いていて、どうやら中が繋がっているらしい。秋ちゃんが、発見を聞いて一緒に見えない穴を地上に再現。
3時間の通し授業なので、途中でお引越しして違うところに住み替えたりも。居なくなったすみかに、別の誰かが新しいすみかを作ったり。。。
isoの家にも、戻ってみると新たなる居住者が!オンコの実を潰して接着剤作りかな?
こちらは櫛引さんの持っている不思議な実が揺れる枝。
遊牧的なすみか!?
それにしても不思議な木の実。毛がはみ出てるのもあります。。。子供たちに聞くと通称「バクダンの実」だとか。
硬い実を叩いたり、落としたり、踏んづけたりすると、ご覧の通り
ふわふわの綿毛付きの種子が飛び出した。
「先生、◯くんがネクタイ拾ってる!」
女の子のひとりが報告しに来た。どうやら落とし物のネクタイで、中学校の制服のものらしい。拾った子のところに案内されて行くと、彼は側溝の中に落ちている金属片に指を伸ばしていた。
「あらー、ゲームのメモリー!雨で濡れたから取れても使えないかもよ?」
先生が彼の横から下を覗き込んだ。彼は側溝の枠を持ち上げようとするが檻の様にしっかりとハマって外れない。
「やっぱ取れないや」
彼は、そのまま違う方へ行ってしまった。ネクタイは持ち主がいるので、女の子が兄弟を介して返却されるよう。。たぶん、ゲームができるかも、と言う気持ちでとろうと頑張っていたのかも知れないけれど、ちょっとだけ、あの小さなメモリーカードの中に違う世界が詰まっているからこそ、すみかにしようとしていたんじゃないか?などと思ってしまった。
最初の説明の時に「公園に落ちている自然のものを使う」と言うルールだったのと、図画工作の教科書があるので、先生方はそう指導をするわけですが、シュールなモノも好きなisoは、「自然じゃないもの」で作る子いないかな?なんて、実は思っていた。
自然か自然じゃないか、区別をどこでつけるのか。自然か、自然じゃないか。ゴミか、ゴミじゃないか。良いか、悪いか。将来、この狭い社会で生きていくために分別。。。。ふんべつも、ぶんべつも、教わらなくてはならないのですが。昔にヨーロッパで生まれたダダイズムのような。今なら、アフリカのゴミアート運動に取り組んでいる長坂真護さんでしょうか。ゴミと家で思い出すのが、昔見た映画「キシュ島物語」の漂着した海外の段ボールを拾って家の壁にする話。子どもの文化の研究者、故・本田和子さんが、ブリューゲルの絵のように子どもたちがウンチを突いて遊ぶ姿を例に、子供という自然は、美醜、綺麗汚いに関係なくその中に身を投じて遊ぶ、ということを本に書かれていたと思うが、成長して、今度は教わった「分別」を超えた、自分で考える力を身につけて生きてほしい。大人になるとそれを身につけても、中々その通りにするのは難しいけれど。。。
そして、もし自分の作った小さなすみかが、もし風や誰かに壊されてなくなっても気にしない、ということ。ここから離れたら他の人に壊されるかも知れないから動かない、という土着な子もいるが、それぞれが争うことなくうまく楽しくすみかを作っている。子どもたちのこの年齢だからできるノマディックな思考、なんだろうか。住民票も国籍も、簒奪者も侵入者も存在しない。もちろん、公園に来ている一般の来園者とも話す。
随分脱線してしまいましたが、休み時間も取らずに、時間ギリギリまで頑張って、まだやり足りない子もいるくらいみんな集中して取り組んでいました。
最後に公園の山を全員で測量。一人、私はいいや、と参加しない子もいましたが、これは強制でないので、そうで良いのだと秋元さん。
そのまま三年生のクラスで給食を一緒にいただいて、リバーネームのインタビュー。先生は少女時代の一時期を比布町で過ごしたそうで、近くにあったランル山で駆け回って過ごしたおかげで今の健康な身体になった、と言う話をしてくださいました。
楽しい活動日でした。
※このブログは弊社(一般社団法人AISプランニング)が実施しているコーディネーター育成プログラム参加者が書いています。
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